英語教材ジャパン

【公式】英語教材ジャパン

【公式】英語教材ジャパンは、ユーザーからの口コミと英語マスターである運営スタッフたちの調査をもとに教材を徹底比較し、おすすめ英語教材をランキング形式でご紹介いたします。

英語力をつけて転職成功!28歳 外資系システム会社 北市さん(仮名)


英語力をつけて転職成功!北市さん(仮名)の事例

今回は、英語力をつけて転職に成功した事例についてお伝えします。
 
(編集部)
はじめまして。早速ですがこれまでの経歴についてお教えください。
 
(北市)
28歳で外資系のシステム会社で働いています。卒業したのは、実家のある東北某県の国立大学の工学部です。旧帝大の東北大学ではなくて、もっと地味な大学です。大学卒業までずっと実家暮らしだったので、東京で働きたいという漠然とした憧れがあり、東京の独立系システム会社に入りました。
 
(編集部)
就職した会社ではどのような仕事をしていましたか?
 
(北市)
いわゆる営業SEという仕事です。営業担当と一緒にシステムの提案を作成する仕事です。仕事はやりがいがあって面白かったのですが、給料が安いのと、2年目についた上司が最悪でした。
 
(編集部)
ぶっちゃけ給料はいくらでしたか?
 
(北市)
年収だと300万円です。私は技術系の資格を取るために結構勉強していたのですが、そうした努力や提案力は何も評価されず、同期は横一列で同じ給料でした。あとはサービス残業が多かったですね。月に40時間はあったと思います。
 
(編集部)
上司はひどかったのですか?
 
(北市)
会社の立ち上げメンバーの一人なので、一応功労者ではあるのですが、あまり能力が高くないので、経営陣も処遇に困っている感じだったと思います。とにかく労働時間の長さでしか、人を判断しない人ですね。上司の方針で、直行直帰も禁止だったので、朝顧客訪問が入っていても、毎朝会社に行かないといけないのです。無駄ですよね。
 
(編集部)
それは時間の無駄が多いですね。
 
(北市)
それくらいなら耐えられたのですが、自分の仕事が終わったら、できるだけ早く帰ろうとすることを理由に、人事評価で最低点を付けられました。他の人たちの1.5倍は働いていて、案件も取っているのに、ですよ。この頃から言葉で攻撃されるようになり、鬱すれすれまでいきました。
 
(編集部)
どのような症状がでたのですか?
 
(北市)
朝、会社に行こうとすると、吐き気がするんです。そして電車に乗って、釣り革に捕まって降りようとすると、手がこわばって、釣り革から手が離れないんです。これで何度か遅刻して、さらに攻撃されるようになりました。上司は、「しっかりしていないおまえが悪い」としか言わなかったですね。上司は創業メンバーで経営陣とも親しいので、他の人に相談しても、結局ばれるだけだと思って誰にも相談できませんでした。生きているのが嫌で、「あー、電車事故でも起こって、死なないかなー」と思っていました。
 
(編集部)
それはしんどいですね。
 
(北市)
そんな頃に大学のゼミの先輩と何年かぶりに飲むことになりました。相談し始めたら、あまりに辛くてずっと泣いてしまいました。居酒屋で、大の大人がずっと泣いているのは相当異様だったと思います。先輩は、うんうんと聞いてくれた後に、いくつかアドバイスをくれました。まず、「精神科に行って診断書を取って会社に持って行く、それを使って定時で帰ることを認めさせろ、会社を辞めるな、毎週1回2人で飲もう、英語を勉強しろ」でした。
 
(編集部)
ここで、英語がでてくるのですね。
 
(北市)
先輩も私と同じように、日系のシステム会社から外資のシステム会社に転職したのですが、英語ができるだけで日本は給料が上がるから得だ、おまえもやるべきとアドバイスもらいました。
 
(編集部)
この当時の英語力はどうでしたか。
 
(北市)
TOEICで400点でした。ちょっと誇れる点数ではないですね。大学卒業の時、確か380点くらいで、「そうか、2年ほど経ったのに、20点しか上がってないのか。そりゃあ、なにも英語勉強してないから仕方ないな」と妙に納得したのを覚えています。
 
(編集部)
どのように英語の学習に取り組んだのですか。
 
(北市)
英語を読むのはなんとかできたのですが、リスニングが本当にだめでしたので、リスニングができて基礎が押さえられる教材を探しました。いきなりTOEIC問題集とかやっても、たぶんダメだろうと思ったので。たどり着いたのは、「7+ English」という教材です。
 
(編集部)
この教材は当サイトでも非常に人気があります。どのように取り組みましたか?
 
(北市)
「7+ English」は60日でやることを想定した教材なのですが、私はこれを半分の30日でやりました。診断書を会社に出していたので、残業はほとんど発生していなかったので、早く家に帰って英語をやっていました。「30日でやり終えるぞ」と決意して、缶のコーラを30本買いました。勉強が無事終わったら、「今日もがんばった、コーラがうまい」とコーラを一本ずつ飲んでいました。残りのコーラが徐々に少なくなるのをみて、やる気がでました。
 
(編集部)
やった量や達成感を身に見える形にするのは素晴らしいですね。ちなみにやり終えていかがでしたか?
 
(北市)
よい例文をつかって、リスニングとシャドーイングしながら学ぶ教材のコンセプトがとても良かったです。発音するときは、カタカナ発音にならないように、アメリカ人っぽい感じで発音することを心がけました。一番よかったのは、リスニングに対する恐怖感がなくなったことです。まだすらすら聞けるレベルにはなっていませんが、聞くことに抵抗がなくなりました。
 
(編集部)
その後、どのように勉強を続けましたか?
 
(北市)
TOEICの公式問題集を使いました。「7+ English」でリスニングの恐怖感がなくなっていたので、なんとか聞けるようになりました。とはいえ、正答率はまだまだです。そして、2ヶ月後にTOEICを受けたら600点取れました。
 
(編集部)
約3ヶ月で200点アップは凄いですね。
 
(北市)
ここで頑張らないと、いつまでも今の会社にいるはめになるので、人生で久しぶりに頑張りました(笑)。この後、転職活動に入り、3社から内定をもらい、外資系の会社に入社しました。この会社のTOEICの足切りはTOEIC600点だったので、ぎりぎりでした(笑)。
 
(編集部)
では、これから英語を学ぶ方にアドバイスをお願いします。
 
(北市)
私は、「今の会社を何としても出たい」というネガティブな理由から英語を始めたのですが、英語を学ぶ理由は何でもいいと思います。ただ、私の先輩が言うとおり、英語を話せる人が少ない日本は、英語を話せるだけで差別化できます。比較的、給料が高い仕事につきやすいのです。
 
漠然と「今のままではいけない」「何かしないと」と考えている人は、英語をやるのがいいと思います。ただ、TOEICの点数が必要だからといって、基礎もない人がいきなりTOEIC問題集をはじめないでください。難しすぎて間違いなく挫折します。基礎力をつける教材をはじめに使うのがよいと思います。ちなみに、私はいまも営業SEをやっていますが、入社して2年経ち、給料は500万まであがりました。まあ、500万なので、すごい高いわけではないのですが(笑)。
 
(編集部)
本日はありがとうございました。
 
 
今の会社が嫌だ、辞めたい、というところから英語の学習を始めた北市さん。北市さんの人生を変えたのは、熱意と「7+ English」だったわけですが、その教材の良さはもとより、北市さんの考え方や熱意が大変素晴らしいなとお話ししていて感じました。北市さん、これからも頑張ってください!

会社が外資に買収された!生き残る人、生き残れない人を分けるものは何か?


会社が外資に買収された!生き残る人、生き残れない人を分けるものは何か?

先日、3年前に外資に買収された中、担当レベルから課長に昇進した平田さん(仮名)にお話を伺ってきました。
 
(編集部)
外資に買収されたときの話を教えてください。
 
(平田)
朝、会社についたら社長からのメールで、「当社はアメリカのA社と資本提携することになりました」という発表があり驚きました。「資本提携」というのは、「買収」の遠まわしの言い方で、要は外資の100%子会社になったわけです。業界トップ3の1社であるアメリカのA社が、日本およびアジア事業の強化のために当社を買収しました。
 
(編集部)
買収された当初は、どのような変化があったのですか?
 
(平田)
親会社となるA社の外国人がたくさんやってきて、一番大きな会議室を占拠しました。そして、外部の大きな会議室を借りて、「統合までの道のり」が発表されました。アメリカ本社のチームは、耳障りのいいことばかり言うんです。つまり「あなたたちの事業は素晴らしい」「一緒になって世界No.1を目指そう」「お互い重複分野が少ないからシナジーを出せる」といった具合です。ただ、これまではほぼ日本人100%でやっていた会社なので、「何か大きな変化が来るだろうな」と思っていました。
 
(編集部)
変化はいつから来たのですか?
 
(平田)
オーナー一族の2代目社長が、資本提携発表後ちょうど1年経ったタイミングで辞任しました。そこからですね。副社長で入っていたアメリカ人が社長になり、システムや製品の統合を進める、という話になりました。それと同時に「リソース最適化プロジェクト」というプロジェクトが立ち上がりました。
 
(編集部)
どのようなプロジェクトだったのですか?
 
(平田)
当初は、システム統合でした。アメリカのA社のシステムに一元化する上で、既存のシステムを移行するとか、そういう話です。メールアドレスやホームページもこのころに変更になりました。ただ、この時期に上層部と人事は、人材の大幅入れ替えを計画していました。半年後にそれが明らかになります。
 
(編集部)
具体的には何が起こったのでしょうか。
 
(平田)
リストラです。主に下記の条件に当てはまる人がターゲットになりました。
 
1.A社のやり方に不満を言っている人
2.事務部門(経理、人事、総務、システムなど)
3.英語がまるでダメな人
 
当社は、売り上げの海外比率が5割なので、それなりに英語ができる人がいます。ただ、国内営業で英語力がゼロの人は、「トップ営業」と呼ばれる人以外は多くリストラされました。買収された3か月後から、「TOEIC700点を目指そう」ということで、会社から英語学習費用の補助が出るようになったのですが、こうしたプログラムがあっても何もせず、英語力を鍛えなかった人は、厳しかったようです。
 
(編集部)
平田さんはTOEIC700点以上ありますか?
 
(平田)
お恥ずかしながら、私は650点しかありません。しかし、ここ1年で450点から650点にTOEICを上げ、アメリカ人が出席する会議でも英語で話すように頑張りました。私はリストラに引っかからず生き残ったので、こうした活動は評価されたのだと思います。
 
(編集部)
会社のカルチャーが大きく変わったのですね。
 
(平田)
これまでは、比較的ゆったりしたオーナー企業でした。よく言えば家族的、悪く言うと一生懸命さが足りない感じです。これが、非常に外資になりましたね。四半期ごとの成績重視、コミットメントシートの提出などの人事プロセスなどです。あと、私は営業なのですが、営業インセンティブがでるようになったのは嬉しいです。年間の給料は50万から100万くらい上がりました。そして、課長に昇進してから、さらに100万円上がりました。
 
(編集部)
平田さんから見て、生き残れた人とそうでなかった人の違いはどういう点にありますか?
 
(平田)
うーん、私も5年後はどうなっているか正直わからないのですが(笑)、この3点だと思います。
 
1.会社が求めていることをちゃんとやる
例えば、会社が「英語力を上げよう」といったら、ちゃんと英語力を上げるための活動をするのは大切です。「英語だけで能力を測られてはたまらない。間違っている」などと、会社批判しても仕方ないんです。会社のいうことをちゃんとやる人を、会社は残して、批判してやらない人は残さなかったですね。
 
2.数値で語る
アメリカの上場企業なので、常に数値管理です。細かすぎて嫌になるほどです(笑)。でも、活動を数値できちんと報告することが重要です。私もこれまでは、のんびりと過ごしていましたが、買収された後は常に数値を意識するようになりました。非常に疲れます。ただ、業績を伸ばすうえではよいことだと思います。
 
3.英語力
英語が話せない部長クラスは、全員左遷されました。上のポジションに行くということは、アメリカ本社との接点が増えることを意味するので、自分で英語で報告できないといけないです。課長以下は、そこまで英語力は求められていないですが、部長に昇進した課長はみな英語ができます。私が課長に昇進できたのも、部長のアメリカ人が、私が頑張って英語でコミュニケーションしようとする努力を買ってくれたのだと思います。
 
(編集部)
最後に、アドバイスをお願いします。
 
(平田)
日本企業が買収される、というのはサラリーマンにとって大変なことです。これまで正しいと思っていたやり方を捨てなければいけないし、多くの仲間が会社を去りました。去っていった中には、私の元上司もいました。社内システムは英語の複雑なものになり、何かシステムトラブルが起こっても解決までに時間がかかります。昔のこじんまりした頃が懐かしいとも思います。
 
ただ、変化により良いことがたくさんあったのも事実です。オーナー一族のよく分からない社員は去り、成果報酬が増え、活動を数字で表せない「働かない中高年社員」がいなくなりました。会社のよどんでいた部分が減り、良い緊張感がある雰囲気になりました。A社の商品を販売できるようになったので、提案力も上がりました。
 
大切なのは、どんな変化もまずは受け入れてみて、その変化の中で生きるよう努力することではないでしょうか。私は英語を頻繁に使う職種でなかったですが、英語が必要になり、中学校レベルからやり直そうと決めて、「7+ English」を購入して朝と夜に取り組みました。30代後半になって初心者向け英語というのも恥ずかしいですが、恥ずかしがっていても英語力は上がりませんので、真剣にやりました。そのうち、英語力が上がり、TOEICの問題集などを取り組めるレベルになりました。
 
(編集部)
本日はありがとうございました。
 
平田さんは、自社がアメリカ企業に買収された後も、評価され第一線で活躍されています。TOEIC450点から650点にあげる中で、最初に使った教材は「7+ English」でした。海外企業による買収はここ10年で大幅に増えており、多くの人にとっては他人事ではありません。皆さんも、どんな環境でも生き残れるよう、英語の学習をはじめてみてはいかがでしょうか。

「英語を学習して3年後にアメリカ人と国際結婚」畑中さん(仮名: 24歳、女性)


「英語を学習して3年後にアメリカ人と国際結婚」畑中さん

英語を学ぶことで人生を大きく変えた人がいます。それは、留学だったり、就職、転職だったりと様々ですが、「結婚」もその一つではないかと思います。今回は、2年前、22歳で国際結婚して、現在ニューヨーク州に在住の畑中さんにお電話でお話を伺いました(インタビュー実施、記事作成: 2016年6月)。
 
畑中さん
(英語教材ジャパン編集部:以後「編集」と略)
早速ですが、畑中さんの経歴について教えてください。
 
(畑中さん、以後「畑中」と略)
こんにちは、現在はニューヨークに住んでいる畑中、24歳です。私の生まれは、ニューヨークとは何も関係のない、群馬県の太田市というところです。太田市には、スバルやNECの工場があるのですが、父はスバルの技術者で、物心ついたときからずっと太田市にいました。母は専業主婦で、推理小説好き。英語とは特に関係ない環境で一人娘として育ちました。
 
父は、男の子が欲しかったのだと思います。男の子でもない私に、自分が作っている車がいかにいい車か、そして技術者がいかに素晴らしい仕事かについて、熱心に説明してくれました。というか、洗脳と言ってよいかもしれないですね(笑)。
 
スバルの車が大好きな人のことを、「スバリスト」というのですが、私も立派なスバリストに育ち、今アメリカでもスバルの車を乗っています。ただ、技術者になりたいと思うことにはなりませんでした。
 
(編集)
お母さんの推理小説好きを受け継いだのですね。
 
(畑中)
実は読書もそれほど好きというわけではないので、どちらも受け継いでいないと思います。残念ながら(笑)。中学校卒業後は、地元の高校に進学したのですが、そこのダンス部でダンスに目覚めてしまって。ダンスを学びたいと強烈に思うようになりました。それから、どうせダンスをやるなら東京に行きたいと思い、東京のダンスの専門学校に進学しました。よくこの学費を出してくれたな、と両親には感謝しています。
 
(編集)
確かに、ダンスを職業にするのは難しいですからね。
 
(畑中)
そうですね。ダンスを学ぶことは純粋に楽しかったです。ただ、ダンスの世界は、やはり技能だけじゃなくて、コネだとか顔の良さ、スタイルも重要で、私にはとうてい上を目指せる世界ではないなと思いました。地方出身でコネもなく、技能も顔の良さもスタイルも中途半端だったので。就職はどうしようか迷ったのですが、父の昔の友人が東京の下町でバーをやっていて、そこに就職することにしました。私が人生で唯一使ったコネです。大したコネじゃないんですけど(笑)。なので、就職活動はしたことがないです。
 
(編集)
バーではどのように働いていたのですか
 
(畑中)
基本は、マスターのアシスタントです。お店の清掃、食べ物や飲み物の下準備がメインです。例えば、なくなりそうなお酒を注文したり、食材の買い出しにいったり、グラスや皿をきれいにしたり、といった感じです。マスターはカクテルでコンクール入賞したこともある人で、固定客が多い静かなバーでした。夫と出会ったのはこのバーででした。
 
(編集)
ご主人はお客さんとして知り合ったのですか?
 
(畑中)
はい、そうです。白人で、いつもユニクロの最安値で揃えたような適当な服装をしていたので、エンジニアか何かだと思っていましたのですが、雑誌の記者でした。一番ひどい服装は、クレジットカードのマスターカードのロゴが大きく入っているTシャツを着て店に来た時です。このセンスのなさは今も変わりません(笑)。
 
当時、お店に外国人が来ることはめったになかったので、どう応対しようと緊張しましたが、お酒の銘柄は世界共通なのでメニューを見せれば分かってもらえます。「よかった、助かった」と思いました。
 
夫は当時、仕事が遅かったようで、夜の1時とか、1時半とかに来店していました。毎度頼むものは一緒で「エライジャ・クレイグ12年」という銘柄だったので、私とマスターは「エライジャさん」と呼んでいました。
 
(編集)
親しくなるきっかけは何でしたか?
 
(畑中)
それが、スバルなんです。私が太田市出身ということを伝えたら、「太田はスバルの工場があるね」と言うので、「My father, in Subaru, working」というようなことを言ったら、彼が喜んで、「それは素晴らしい」というようなことを言ったと思います。彼は車マニアだったんです。それから、片言の英語で、スバルの昔の車、父が乗っていたスバル・アルシオーネというマニアックな車の話になって、盛り上がりました。そうこうしている時に、英語なんて高校卒業してから全く話したこともないので、全然しゃべれない、もどかしいことに気づいて。
 
(編集)
それで英語の勉強を始めたんですね。
 
(畑中)
そうです。私がやったのは 【七田式】 7+ English という教材です。昔からある教材のようで、信頼できるかなと思いました。教材を買ったときは、学生時代に学んだ英語はもうすっかり忘れていて、be動詞の活用のレベルから復習するくらい、できませんでした。
 
ただ、この教材は、毎日少しずつ例文を読んで聞いて話して、を繰り返すので、一回当たりの勉強時間は30分から45分くらいだったと思います。私みたいに勉強が好きでない人、英語が極端にできない人でも、何とかなるんじゃないかと思います。
 
私はバーから3分くらいの所に住んでて、通勤らしい通勤がないので、家でタブレットをスピーカーにつなげて、大きな音で再生しながらテキストをやりました。この教材は、過去数日分の復習内容が、毎日の小テストに入っているんです。私は、復習は重要だけど、面倒だからやらない怠け者タイプなので、この小テストは良かったです。
 
(編集)
英語を勉強して、「エライジャさん」との距離は縮まりましたか?
 
(畑中)
最初は、英語を勉強していると言わなかったのですが、1か月くらいすると、「英語勉強している?上手になったよ」と言われました。成果が認められたようで嬉しかったですね。その後は、3か月ほど勉強したころ、彼が「僕が英語の個人レッスンしてあげるよ。飲み物代だけでいいよ」と言われて。これはナンパだな、ちょっと怪しいなと思ったのですが、人が多いところなら大丈夫だろうと思い、コメダコーヒーで教わりました。英語のレッスンをこうやって続けていけば上達するかな、と第一回目が終わったところで、「ところで畑中さん、私はあなたのことがとても好きです。今度どこか遊びに行きませんか」と口説かれました。よって、結局英語の個別レッスンは一回で終わってしまいました(笑)。
 
(編集)
口説き文句は覚えていますか?
 
(畑中)
By the way, Hatanaka san, I really really like you. だったと思います。後で知ったのですが、彼はオタク気質で告白したのは私が初めてで、とても緊張していたと言っていました。
 
(編集)
その後、ニューヨークに行かれたのですか?
 
(畑中)
2年間付き合った後で、彼が日本支社での勤務を終えて、ニューヨークに戻ることになりました。そこで、結婚しよう、一緒にニューヨークに来てほしいと言われました。私は一人娘なので、私が日本からいなくなると寂しいだろうと思って父に話したら、「ニューヨークに遊びに行くよ」と、とても乗り気でした。一度彼を連れて太田に戻った時に、片言英語でスバル車の話で盛り上がったようで。それにしても、人生の局面にスバルが出てき過ぎですよね(笑)。結婚式はハワイで挙げて、そこからニューヨークです。今年で2年目です。
 
(編集)
ニューヨークの暮らしはどうですか?
 
(畑中)
日常生活レベルの英語は何とかなっています。夫も気を付けてゆっくり話してくれますので。今は、今年生まれた息子の世話が忙しいですが、一段落したら英語を再び勉強してネイティブ同士の会話を理解できるようになりたいですね。ニューヨーク暮らしは、特段不自由なことはありません。日本人も多く、和食レストランや日本の食材屋さんもあるため、食べ物には苦労していないです。同じアメリカでも田舎のほうだと、そもそも生の魚を食べる文化が全くないようで大変みたいですね。ただ、ニューヨークは、食べ物は全般的に高いですね。
 
(編集)
最後に英語を学習する人向けに、一言お願いします。
 
(畑中)
英語を話せると、多くの国籍や文化の人と話ができて面白いです。今、私が一番仲の良いママ友グループは、ユダヤ系アメリカ人、ロシア系アメリカ人、中国人と私です。みんな自分の文化の食材を持ち寄ってホームパーティーするなど、とても楽しいです。あと、今はインターネットで仕事を見つけて、在宅で仕事ができるので、英語力を使って、翻訳の仕事も始めました。将来的には、子供を育てながら、在宅の仕事を増やしたいと思います。
 
(編集)
畑中さん、お忙しいところ有難うございました。
 
英語とスバルがきっかけで、国際結婚してニューヨークへ住んでいる畑中さん。ここに載せられないくらいたくさんのエピソードを紹介頂きました。お話を伺うなかで、英語を勉強することは、自分の未来を思いもよらない形で素敵に変えていくことなのかも知れない、と思いました。
 
英語教材ランキング

スタッフ記事
カテゴリー
最強の英語教材はこれだ!